2 天地創造の頃   2 天地創造の頃 


2-1 創世記第1章

2-1-1 宇宙誕生の時

宇宙誕生の時はどのようであっただろうか。
天体観測により、遠くの星ほど地球から速く遠ざかること(ハッブルの法則)が発見され、 ビックバン理論が唱えられた。
その後、ビッグバン理論に基づく宇宙誕生の時の証拠となる、 宇宙全体のマイクロ波の背景放射が発見された。
 現在、ビッグバン理論は現代科学の宇宙論での基本になった。

ビッグバン理論は、次のように語る。
宇宙誕生の時、非常にわずかな瞬間に、無から巨大なエネルギーが発生し、 その後、ビッグバン(宇宙の膨張)が始まった。

神を信じ、物理の基本法則であるエネルギー保存の法則を知る者にとって、 無から、この宇宙が出来上がるほどの巨大なエネルギーが自然に生じた、とする考えは受け入れがたい。

あってある(注)方―――その方がいるからこそ全てが出来、全てが成り立っている、と解釈できる ―――が、天地創造しようという意図の元に、この世に瞬間的に膨大なエネルギーを注入したからこそ、 ビッグバンが起きたのではないか。
 ビッグバンが起きた時、超高温・超高密度の火の玉が生じた。 これは原子爆弾が爆発する時と似ており、非常に大きな光が生じた。 このことを文学的に表現すると 「神は言われた。『光あれ(エネルギーあれ)。』 こうして、光があった(エネルギーがあった)」と言うことが出来る。

神がその力を振るう時、この宇宙の基が生じ、原子・分子が出来、全ての物理的な力、重力、電磁力、 強い相互作用、弱い相互作用が造られた。 神が無から有を生じる力を持ち、 また物質の構造を変える力や全ての物理的な力を操作する力を持つからこそ、 聖書に書いてある全ての奇跡が実際に起きた、と言える。
 神がこのような力を持つからこそ、イエスが言われた「神に出来ないことはない」 という言葉が真実となる。
 さらに神がその力の一部をイエスに授けたからこそ、 イエスは重力を操り、水の上を歩き(マタイ14:22〜33)、 また物質の構造を変える力により、結婚式の時に水をぶどう酒に変えること(ヨハネ2:1〜11) が出来たのではないだろうか。

(注) 新共同訳聖書では、『わたしはある』になっている(出エジプト3:14参照)。

2-1-2 進化について

天地創造において、神はご自身の姿に似せて人を造られたことから、天地創造の目的の1つは、 人の活動する土台を造り、その後に人を造ることだったと思われる。(注)
 神は、人々の罪を購うため神の子イエスをこの世に送られた。 このことは、神がご自身の姿に似せて人を作られたことを裏付けている。
 一番最初に誕生した原始生物から人に至る創造のプロセスにおいて、 神は基本的には生物で起きる突然変異による種の進化をそのまま生かした。 それに加え、時には無から有を生じる大きな力を振るい、地球の環境を大きく変え、 また別の時には物質の構造を変える力を振るい、生物の DNA を変え、遺伝子に突然変異を造った。 その結果、創世記第1章に書かれた通りの生物が出現した。 すなわち、各生物が創造されたのではないだろうか(創造の順序に関しては、次の 2-1-3 で述べる)。

(注) 天地創造の目的の第2は、神が人に対し、
@・自分が造られたこと
 ・自分が活動する土台を与えられたこと
 を感謝すること
A正しい行いをすること
を求めたと思われる。
 実際、人が神に感謝をせず、悪い行いばかりしていたため、 神は洪水で人を滅ぼそうとしたことから、これらを人に求めたと断言出来る。

2-1-3 創造の順序

創世記第1章に、天地創造のことが次のように書かれてある。
@ 地は混沌であって、闇が深淵の面にあり、神の霊が水の面を動いていた。
A 第1日目、光を創造された。光と闇とを分け、光を昼と呼び、闇を夜と呼ばれた。
B 第2日目、大空の下と大空の上に水を分けられた。
C 第3日目、陸地、及び植物を創造された。
D 第4日目、天の大空に光るものを創造され、昼と夜を分けられた。 2つの大きな光るものを創造され、大きな方に昼を治めさせ、 小さい方に夜を治めさせられた。 それらを天の大空に置いて、地を照らさせ、光と闇を分けさせられた。
 大きい方が太陽であり、小さい方が月である、と思われる。
E 第5日目、水に群がるもの、及び鳥を創造された。
F 第6日目、地の獣、家畜、這うもの、及び人を創造された。

さて、上に述べた創造の順序において、気になる点がある。
 第1に、聖書は「夕べがあり、朝があった」として1日を規定している。 すると第4日目の出来事である「天の大空に光るものを創造され、昼と夜を分けられた」は、 第1日目のすぐ後に来るのではないだろうか。 (第1日目には光を創造され、光を昼と呼び、闇を夜と呼ばれた。 これは「夕べがあり、朝があった」、として規定する1日の例外として、一番先頭に位置する。)
 第2に、神は第1日目、および第4日目に、光と闇を分けられたので、 第1日目の前にある「地は混沌であって、闇が深淵の表にあり、神の霊が水の面を動いていた。」 は、第4日目の光と闇を分けた後に来るのではないだろうか。
(イザヤ 45:7に「光を造り、闇を創造し 平和をもたらし、災いを創造する者。 わたしが主、これらのことをするものである。」 と書いてあるので、光と闇の創造は、同時期だと判断出来る。)
 また、第2日目に大空の下と大空の上に水を分けられた (川などの水または海水と、水蒸気に分けられた)後は、神の霊は空の上にいるので、 第1日目の前にある「地は混沌であって、闇が深淵の表にあり、神の霊が水の面を動いていた。」 は、大空の下と大空の上に水を分けられる前に来るのではないだろうか。

聖書に誤りがあると仮定する(認める)のを恐れてはならない。 なぜならば、聖書は、神や神の業を誤謬なく記述するものではないからである。 最初神がいて、神がなされた大きな業を、人が親から子へ、子から孫へと伝え、 後に編集されて聖書となった。
 この、親から子へ、子から孫へと伝えられた間に誤りが入った可能性がある。 そのため天地創造の順番が誤ったものと仮定し、 第4日目の出来事を第1日目の出来事の後に持っていく。 また第1日目の前にある「地は混沌であって、闇が深淵の表にあり、神の霊が水の面を動いていた。」 を大空の下と大空の上に水を分けられる前に持っていく。 そして聖書に書かれてあることと、科学で明らかになったことを対比してみよう。
 なお第6日目に、人を造る前に、家畜を造られた、と書かれてあるが、 これは人を造った後に家畜となる元の動物を造った、と解釈していく。

2-1-4 聖書と科学の対比

聖書の記述 科学で明らかになったこと
内  容 概略の年 内  容
「光あれ」こうして光があった。光と闇を分け、光を昼と呼び、闇を夜と呼ばれた。 137億年前 ビッグバンによる宇宙誕生。 宇宙創造の時、超高温・超高密度の火の玉が生じ、その時、大きな光が生じた。
2つの大きな光るものと星を造り大きい方に昼を治めさせ、小さな方に夜を治めさせた。
 それらを天の大空に置いて、光と闇を分けられた。
46億年前 太陽系誕生。太陽、地球、月が誕生した。
 地球は最初冷えていたが、内部の放射性物質が崩壊し、 その後、地球全体がマグマ状態となった。
地は混沌であって、闇が深淵の面にあり、神の霊が水の面を動いていた。
 大空を造り、大空の下と大空の上に水を分けられた。
 大空の上の水は水蒸気を、大空の下の水は、普通の水または海をさすものと思われる。
43億年前 地球全体がマグマ状態(混沌)の時、マグマから窒素や水蒸気が解放され、 原始大気が誕生した。
 地球が冷えた後、水蒸気の一部が水となり、集まって海となった。
地表上において、水を集めて海とし、乾いた所を造り陸とした。 38億年より前 海洋が誕生した時、地表全体は海に覆われ、陸地がなかった。 約38億年より前に陸が誕生し、その後拡大していった。
この頃、最初の生命が誕生。
  27億年前 生命が増殖すると、食料となる有機物が不足し、自分で栄養素を作る必要が生じ、 光合成を行うシアノバクテリアが出現。
17億年前 植物の元となる灰色植物が出現。
15億年前 後に、動物の元となる襟鞭毛虫類が出現。
5.2億年前 多くの水中動物が出現したが、現在の浮き袋を持つ魚とは大きく異なっていた。
また、草と木を造られた。 5億年前 コケ類が海より陸に上陸。
4億年前 節足動物が陸に上陸。
3.8億年前 地球最初の木、アーキオプテリスが誕生。現在のシダ植物に似ていた。
水に群がる物、すなわち大きな怪物、うごめく生き物を造られた。(注) 3.7億年前 アーキオプテリスにより食物連鎖が成立し、魚が急速に進化して多様化した。 そのため、この時代は魚類の時代と言われた。 またこの時、魚は初めて浮き袋を持った。
  3億年前 爬虫類が誕生(恐竜絶滅後に本格的活動)
2.4億年前 恐竜が誕生。
2.1億年前 哺乳類が誕生(恐竜絶滅後に本格的活動)
1.5億年前 始祖鳥が誕生。
また、空を飛ぶ鳥を造られた。 7,000万年前 現在の鳥類が誕生。
地の獣、這う物を造られた。 6,500万年前 恐竜誕生前後に爬虫類・哺乳類も誕生したが、本格的な爬虫類・哺乳類の時代は、 恐竜滅亡後からである。
人を造られた。 15〜20万年前 現世人類が誕生。

(注) 水に群がるものについて
神は天地創造の時、魚類、鳥類、家畜、地の獣、這う物を造られが、 出エジプト後のレビ記11章では、 それらについて清い物と汚れた物について規定している。 魚類では、ひれ、うろこの有る物は清い物、無い物(タコ、イカ、エビ等) は汚れた物としている。(英語では devil fish と言われる)。
 従って、「水に群がる物」とは、魚類を指しており、大きな怪物は非常に大きな魚類、 うごめく生き物は一般に小さな魚類を指している、と思われる。

こうして見ると、
@ 聖書の1日は実際の1〜約100億年に相当している
天地創造の物語が口承で伝えられていた時代の人々は、 億という大きな数を扱うのに慣れていなかったので、 1〜約100億年を1日に譬えて語られたのではないだろうか。聖書には次の例がある。
 バビロン捕囚前、神はエレミヤを通じてユダの人々に次のように言われた。 「わたしは、わが民の甚だしい悪に対して 裁きを告げる。 彼らはわたしを捨て、他の神々に香をたき 手で造ったものの前にひれ伏した。」 (エレミヤ書1:16)
 神の裁きとしてユダの人々はバビロンに捕らえられ連れて行かれた。 ユダの人々がバビロンに捕らえられている時、神の言葉がエゼキエルにのぞんだ。 その中の1つに次の言葉がある。「その期間が終わったら、次に右脇を下にして横たわり、 ユダの家の罪を四十日間負わねばならない。各一年を一日として、それをあなたに課す。」 (エゼキエル書4:6)
 このように、私たちは聖書の中で1日を1年に置き換えた例を知っている。 従って創世記第1章には、神は7日間で天地創造されたと書いてあるが、 これは譬えであり、実際は1日が1〜約100億年に相当することに気付くべきと思われる。

A 聖書は天地創造を単純化して記述している
聖書は
1) 最初の生命誕生や、バクテリア、恐竜のことなどは述べていない。
2) 生物学的に厳密な意味での生物誕生時期ではなく、 通常見られる生物が本格的に活動を開始した時期を述べている。

創世記の物語が口承で伝えられていた時代は、現代より科学知識が乏しかったので、
その時代の人々が理解出来る範囲内で、
通常見聞きする範囲の生物を取り上げ、
その生物(種)が本格的に活動を開始した時期を「その生物(種)が造られた」として、
天地創造が語られている。

@とAより、聖書は天地創造の物語を、現代より科学知識が乏しく、 大きな数を扱うのに慣れていなかった人々に、分かりやすく譬えで語っている、 と言えるのではないだろうか。
 天地創造の物語を、 現在の科学知識を駆使して重箱の隅をほじくるようなやり方で見るのではなく、 物語が口承で伝えられていた時代に人々が持っていた科学知識の程度を考慮して 読むことが、時代背景を踏まえた理解、と言えるのではないだろうか。
 その上で、明らかにおかしい点は誤りとして認めていくべきである。

聖書のごく一部に誤りがあるから、聖書全体が信じられない、 というのは間違った考え方である。
 私達はコンピュータを使っているが、その OS のごく一部にバグがある。 Windows の場合、コンピュータウィルスにそのバグを攻撃され、問題になり、 マイクロソフトが修正プログラムを update したことは記憶に新しい。 バグがあっても Windows を使うのは、それ以上に有効性があるためである。
 聖書のごく一部に誤りがあっても、大部分は真実であり、その真実な部分において、 神の大きな業とイエスの愛を伝えている。


2-2 創世記第2章以降

創世記第2章以降は、大きな出来事の順序に従い、
・人の創造
・ノアの洪水
・バベルの塔
・アブラハム及びアブラハム以降
の各時代に分けることが出来る。聖書において、上の区分の間には、系図が述べられている。 人の創造は、後に述べるように、約15〜20万年前の出来事である。
 創世記第1章の天地創造の物語における1日が、実際は非常に長い時間に相当するのと同様に、 創世記第2章以降の大きな出来事の間の年数は、記述されている系図の年数よりはるかに長く、 数千年〜数万年以上にわたると考えると、以下に述べる通り、うまく現実に適合する。
 物語が親から子へ、子から孫へと伝えられていく間に、系図が単純化されたものと考えられる。

2-2-1 人の創造

聖書は次の通り記述している。
神は土のちりで人を形づくり、その鼻に命の息を吹き入れられた。 人はこうして生きる者となった。
そして、人から抜き取ったあばら骨で女を造り上げられた。
主なる神は、東の方のエデンに園を設け、自ら形づくった人をそこに置かれた。
これらについて考えていこう。

(1) 人は土から造られた
近代科学が発達するまで、万物を構成している基本要素は「土、水、空気、火」 と考えられていた(時代や地域で多少異なる)。 聖書で言う「土」は、万物の基本要素である。 近代科学の言葉で言えば、原子・分子となるであろう。
 「人は、原子・分子から構成されている」と言った時、それは間違っている、 という人はいない。真実だからである。
 現代の知識を、そのまま聖書の言葉「人は土から造られた」に適用すれば、 聖書の言葉がおかしく思えるが、 聖書が口承で伝えられていた時代に人々が持っていた科学知識の程度を考慮し、 聖書の言葉を「人は原子・分子から造られた」、あるいは 「人は万物を構成している基本要素から造られた」と読み替えると、違和感はない。

(2) 神は人に命の息を吹き入れられた
ここで次の奇跡を考えてみよう。
a) イエスは処女マリアから生まれ、十字架で死んだ後、3日目に復活した。
b) 神はアブラハムに人の姿をした御姿を現され、90歳の、 閉経していたアブラハムの妻サラに子供が生まれると告げた。 その言葉の通り、サラにイサクが生まれた。(創世記18:1〜15、21:1〜8他)
これらの奇跡から、神は人の生命を支配する力を持っていることが分かる。 神は人を土から造った後、人に霊(命の息)を与えられた。そこで人は生きる者となった。

(3) 女があばら骨からつくられた
聖書によると、「神は、人から抜き取ったあばら骨から女を造った」とある。
 ここでイエスが5,000人に食べ物を与えた奇跡を見てみる。マルコ6:41〜43には、 「イエスは5つのパンと2匹の魚を取り、天を仰いで賛美の祈りを唱え、パンを裂いて、 弟子たちに渡しては配らせ、2匹の魚も皆に分配された。 すべての人が食べて満腹した。 そして、パンの屑と魚の残りを集めると、12の籠にいっぱいになった」とある。
 魚について考える。無から有を創造する力を持つ神から、 力の一部を授かったイエスが魚の一部をさいた。 すると、さかれた魚の一部から魚全体の骨が生じ、その上に筋と肉が付き、 皮膚がその上を覆い、元の魚と同じようになった。
 こういったことが、この時に起きたのではないか。
 神は人から抜き取ったあばら骨から人体全体の骨を造り、筋をおき、肉を付け、 皮膚で覆い、霊(命の息)を与え、女を造り上げたのである。 但し、人の創造の時と同様、女を造る時も、 神がそれまで創造した類人猿の持つ構造の大部分を用いた。 そのため類人猿と人及び女との DNA の差は、わずか数%である。

(4) 人類の出現と出アフリカ
@ アフリカ起源説と多地域進化説
人類の出現については、アフリカ起源説(出アフリカ説ともいう) と多地域進化説とがあったが、遺伝子人類学などの発達により、 アフリカ起源説が主流となった。
 多地域進化説とは、世界各地に出現した原人が旧人に進化し、 地域間の交流の後、新人(現世人類ともいう)に進化した、 とする考えである。
 アフリカ起源説は、人骨の発達の仕方や特定遺伝子に刻まれた突然変異の現れ方より、 現代の人類は共通の祖先を持ち、彼ら(現世人類)は約15〜20万年前にアフリカで増え、 約10万年前に彼らの一部がアフリカを出て、 中東を経てアジアやヨーロッパへ広がって行った、とする考えである。

A 人類のアフリカへの移住と出アフリカ
現世人類の起源となるアダムとイブは、約15〜20万年前、エデンの園付近(中東) で創造された。その後氷河期となり、寒さが厳しくなり、食べ物は減少していった。
 アダムの子孫は生まれ故郷を後にして、暖かく、 食べ物が豊富にあると思われるアフリカに移動し、そこで人口が増えた。 人口が増えた結果、運良く(?)人骨が長期間保存されるに適した環境の下 (石灰岩の近く等)で死ぬ者が現れ、今日それが化石として発掘された。
 約10万年前に彼らの一部がアフリカを出て中東に戻って来た、 と考えると、科学の解き明かした流れと一致する。

人が飢えや寒さを避けるため、中東からアフリカに移動したと考えるのは無理がない。 聖書に次に示す事例がある。
a) アブラハムは、神からお告げを受け、生まれ故郷を捨て神の示す地へ行く途中、 飢饉があり、一時エジプトへ滞在した。(創世記12:10)
b) ヤコブの時、カナンの地方に飢饉があり、 ヤコブとその11人の子どもはヨセフを頼ってエジプトに移住した。 (創世記45〜46 出エジプトの元となる出来事である)

考古学が示すところによると、 1万数千〜約2万年前ベーリング海峡を渡ったモンゴロイドは、 遅くとも1万年前には南米大陸最南端のマゼラン海峡まで達していたという。 (この時は氷河期であり、ベーリング海峡は陸続きであった)。
 中東とアフリカの距離は、ベーリング海峡と南米最南端の距離よりはるかに短い。 現世人類の最初の頃の人々が、飢えや寒さを避けるため、 中東からアフリカに移住したとしても不思議ではない。

聖書において、アダムの時代とノアの洪水の時代との間に系図があるが、 アフリカへの移住の物語が、親から子へ、 子から孫へと伝わる間に抜けてしまったものと仮定すると、 聖書の記述と科学の解き明かした結果とがうまくつながる。

2-2-2 ノアの洪水

(1) 地上に水が溢れた原因
ノアの洪水の物語において、地上に水が溢れた原因は、一般には雨と言われている。 けれども聖書には、別の原因も書いてある。 創世記7:11後半には「この日、大いなる深淵の源がことごとく裂け、天の窓が開かれた。」 とある。 「天の窓が開く」は雨が降ることを意味する。 次に「深淵」の意味するところを、聖書の他の箇所を元に調べてみよう。
@ ヨブ記38:16には、神がヨブに語られた言葉として 「お前は海の湧き出るところまで行き着き 深淵の底を行き巡ったことがあるか。」 がある。
A 同じヨブ記41:23には、神が海の獣リビヤタンを説明する一部として 「彼は深い淵を煮えたぎる鍋のように沸き上がらせ 海をるつぼにする。」がある。

これらから、深淵は海水を深くたたえている所を意味する。 すると「深淵の源がことごとく裂けた」とは、 海底から海水が出て来たことを意味するのだろうか。

(2) マントルは水を含有出来る
地球の誕生は約46億年前であり、複数の隕石が衝突し一体化して出来たとされている。 隕石の平均含水量は、その質量の数%であるが、 現在の地球の表面にある水は地球全質量の0.02%しかない。 隕石が衝突した熱で水の一部が宇宙空間に放出されたとしても、 数%と0.02%の差はあまりにも大きい。
 東京工業大学広瀬助教授らが高温高圧環境を造る装置を使って、 下部マントルを構成する鉱物を合成することに成功し、 その最大溶解度を計測することにより、下部マントルの最大含水量は、 地球上の海水の約5倍にのぼることが明らかとなった(2002年3月サイエンス誌で発表)。
 地球上にある海水の5倍の量の水分がマントルより放出されたとすると、 地球上の陸地は全て水没することになる。
(右の絵はラファエロ:箱舟をつくるノアと息子達)

(3) 水の貯蔵庫からの水分放出
ある時、下部マントルに何らかの要素が作用し、 下部マントルに含まれていた水分の大部分が地球上に押し出され、 同時に大雨が降った場合を想定しよう。
 このことを文学的に表現すると 「この日、大いなる深淵の源がことごとく裂け、天の窓が開かれた」と言うことが出来る。 ここで深淵の源を水の貯蔵庫=下部マントルと考え、天の窓を雨が降る源と考えると、 聖書の記述と現実に起こりうる現象とが一致する。

(4) ノアの洪水の証拠
@ 人類の人口の急激な減少
ノアの洪水の時、箱舟にいた人は一夫一妻制と仮定すれば、 8人であった。その後、人々の人口は増え始めた。
 最新のDNA解析技術により、「今から約7万年前に人類は滅亡の危機を迎え、 人口が2,000人程度にまで減少した可能性がある」ことが判明している。
 人口が2,000人まで減少したと考えるより、ノアの洪水により人類の人口が8人となり、 その後順調に増えた。そして人類の歴史を1万年、 または数千年というサンプル周期で見た時、ある時点で人口が2,000人と判明し、 それ以前、またはそれ以降より大幅に減っていた、 と見るのが正しい見方ではないだろうか。
 すると、ノアの洪水の起きた時期は約7万年前と思われる。

A 世界各地の洪水伝説
ノアの洪水物語に似た物語は、旧大陸のみならず、新大陸でも広く聞かれる。 それは、ノアの洪水の後、人類が世界各地に広がった (ベーリング海峡を渡り新大陸にも広がった)ため、 洪水物語もそれに合わせて広がったものと思われる。
 なお、洪水物語はアブラハムにも伝わり、出エジプトを経て、 バビロン捕囚の時、他の物語と共に聖書に編集された。
 また洪水物語は、シュメールにも伝わったと思われる。 ギルガメッシュ叙事詩の中の洪水物語は、ほとんどが聖書の記述と一致している。